だって大分LOVE

豊後服装lab.

別大国道はまるでコートダジュールだ。

本それぞれに付けられた独特のPOP、それに文学を包みこむ多種多様なカルチャーの匂い。奥には、その雰囲気を楽しみながら贅沢な時間を過ごすことのできるカフェスペースも。とにかく大分の中では異彩を放つ唯一無二の書店、それが大分市中央町のアーケードに店を構えるカモシカ書店。そんな書店を大分ではじめられるまでのことや、大分のカルチャーについて、オーナーの岩尾さんにお話しをお伺いしてきました。

まずはなぜカモシカ書店を開くことになったのか、岩尾さんご自身の歩みを聞かせていただけますか?

高校まで大分で過ごして、それから上京するわけですが、もともと映画とか文学とかファッションなどのカルチャー的なものに高校生の時からなんとなく惹かれていて、どれかひとつをやろうというよりは、好きなこと全てに関わるような仕事ってなんだろうってずっと悩んでいて。答えがないままファッションの学校に通ったり、アパレルや映画会社で働いたりとか、とにかくいろいろ経験していくなかで、中目黒のカウブックスとう本屋に出会ったんです。そこはアパレルも扱っていたりというのもあるのですが、とにかくお店自体が思想にあふれていて、あぁ僕はこういう本屋がやりたいのかもしれないってそこで本屋をやりたいという意思が固まったような気がします。それに僕は本だったら誰にも負けないなっていうよくわからない根拠もあったんですよ。ものづくりの手が早い方ではないから、スピードを求められるファッションの作り手には向いてないし、じゃあって自分の好きなこととできることと得意なことを全部掛け算していったら、やっぱり今までにないものを自分がつくれるとしたら、それはきっと本屋だなって確信に近いものがありました。

その当時から本屋という業界そのものへの理解もあったのですか?

いえ、全くです。本は好きだけど本屋のことは当然何も知らなかったので、それはまずいなとなって、当時新宿にあったジュンク堂という本屋に就職して丸4年間、みっちり本屋の勉強をさせていただきました。朝7時に誰よりも早く出社して、夜は11時くらいまでずっと本を読む生活で、お酒も飲みに行かないし、遊びにも行かない。とにかく独立するために必要なことを全て吸収しなければと、好きなジャンルだけじゃなく、経営や経理などの実務的な本や語学など、業界のことはもちろん、経済や流通のことまでの全てを本で拾いながら、独立して本屋を開業するという目的のために過ごすという修行僧のような毎日でしたが、目標がしっかりしていたのと、結局は好きなことだったので毎日楽しかったですね。

その充実した生活に見切りをつけ、いざ独立という時のタイミングってなにかきっかけがあったのですか?

東北の大震災があってからちょうど一年後くらいに、新宿のジュンク堂が閉店してしまうことになりまして。社員だったので他の店舗に異動するという選択肢もあったのですが、当時28歳くらいで、そろそろかなという思いもチラホラよぎっており、これを機会に本屋を開くか世界一周するかしようと、ひとまずそこでジュンク堂は辞めました。で、ひとまずタイとかインドとかネパールとかに行ってみたんですけど、世界一周まではすることなく、大分に戻ってきて本屋をはじめることになったという流れです。

本屋は初めから地元の大分でという意思があったということでしょうか?

いや、ジュンク堂に修行に行き始めたころは全く大分は考えていなかったです。というより、僕は学生の時から大分に帰省するという習慣がそもそもなくて、一年とかそれ以上ぶりということも結構多くて。本音を言えば、大分には全く興味がなかったのかもしれません。ただ、興味がないってことは嫌いってことでもなくて、だから斜に構えながらも大分の動向は耳に入っていて、あぁ駅ビル新しくなるんだなとか、きれいな美術館ができるんだなとかは知っていたんですね。で、いざ本屋をやるかってなった時に何故か自然と大分という選択肢がふっと浮かんだんです。

なぜそこで急に大分が浮かんだんでしょうか。

なぜだろう、自分でもこれという答えはないのですが、しいて言えることがあるとすれば、世界一周しようと思ってさぁどこに行こうかと考えていた時に、国外への意識と並行して意外と国内への興味がすごく湧いてきて、いろいろと調べてみたところ、例えば南仏のニースなんてコートダジュール沿いの美しい街で日本人が大好きな感じなんですけど、人口規模って実は大分市とさほどかわらないことに気づいたんですね。それに湯布院と別府も含んで考えたら、流出入しているひとの数はニースくらいは超えてるんじゃないかなとか、タイのアユタヤみたいな遺産を観光資源としてる都市よりもよっぽど便利だぞとか。そう考えてみると、大分という都市は相手が国内外関係なくマーケットとしては充分可能性があるんじゃないかなと思うようになって。

世界を意識したら逆にふるさとの大分の可能性に気づいたということですね。

そうですね。ちなみに僕は別大国道はまるでコートダジュールだっていつも言うんですけど、いろいろとこじつけようと思えば観光資源や立地、それに将来へのポテンシャルという面でいうと開発密度の少なさも強みのひとつだし。 それと、こっちに帰ってきて思ったことなんですが、大分の周辺にはたくさん面白いことをやっている人やら団体やらがあって、それに町々の行政もセンスがあるんですよ。新しい地方のあり方っていうのをすごく具体的に感じることができたんですよ。だから今では大分はやがて地方という文脈を完全に書き換えることができるんじゃないかなと感じるまでになりましたね。

そして大分にカモシカ書店を開店されるわけですが、これまで大分にはなかった新しい書店のスタイルが、開店当時の大分の文化に受け入れられると自信はありましたか?

半信半疑でしたね。だから最初は雑貨屋さんの一角を借りて、テストマーケティングみたいなこともしてみたんですよ。本のセレクトとかもだいぶこだわってみたはいいけど、逆にそれが売れるか売れないかで言ったら売れないだろうなぁとも思ってましたし。でもいざ始めてみると、まさかと思ってた本からバンバン売れたんですね。目標の10倍くらいあっさり売れてしまって。なるほど、ちゃんとカルチャーを求める意識は大分にもすでに根付いているだなと嬉しくなりましたし、あぁ大分は大丈夫だなと思えましたね。

今では書店だけではなく大分をステージに様々なプロジェクトにも企画や運営されていますね。

そうですね、運営側っていうよりは、自分が参加したいと思ってやってるという感じですね。大分といっても僕は都心部に住んでいますので、感覚が鈍るのですが、地方にいくととにかくエッジの効いた人たちにもたくさん会えるんですよ。そういう人たちをひとりひとり横串をとおしていくという動きをやることで、何より刺激的ですし、楽しいですよ。それに、僕は高校を卒業してすぐに大分を出て行った人間なのでおこがましいのですが、大分から福岡とか東京に若者が出て行ってしまうのを見るのは寂しいですね。今は大分ですごく楽しく暮らしているよって若い世代に背中を見せる側になっていると思っているので、とにかく自分が大分を楽しんでおかなければといつも考えていますね。でも出て行かなきゃいけない!って思うくらいの何かしらの想いを養ってあげるのも僕ら大人の役目ですし…、でもやっぱり出て行って欲しくないな正直に言うと。大分のほうがいいじゃんって言ってあげられないものしか若者たちに提供できていないとなると、それはもう大人の怠慢でしかないですよ。

あなたの地元愛、大分ラブといえば?

地方はカウンターカルチャー的にやんなきゃいけないんでしょうけど、残念というかなんというか、大分は行政の中にセンスのいい人がたくさんいるんですよね。だからカルチャーもカウンターカルチャーも、層があまりはっきりしなくて。でもそれが21世紀的というか、優しさとかおしゃれさとか、そういうものをひけらかさない大らかさみたいなものがあって居心地はいいです。だから破壊的な思想から生まれるなにかみたいなのは期待できないんですけど、僕は大分はそれでいいと思っています。あと、なんだかんだで大分は温泉にはじまり温泉に終わるんですよ。こんな都市部でボコボコ温泉が出てる都市なんか世界中探してもないわけですよ。だからいっそのこと歩道とか全部足湯にして、大分駅降りたらみんな靴脱いでずっと足湯につかって移動できるとか、もうそれくらい温泉に染まってみるのも原点的で面白いと思います(笑)温泉は観光資源でもあるけど、毎日触れるものという意味では温泉は大分カルチャーの最大の資源ですよね。